【悪用厳禁】「悪意の心理学」という本を紹介します

「悪意の心理学」という本を読んだ感想 心理学

著者の岡本真一郎さんは京都大学大学院文学研究科博士課程(心理学専攻)満期退学後、愛知学院大学文学部講師、助教授、教授を経て心理学部、心理学科教授、専攻は社会心理学で著書に「言語の社会心理学」や「言葉の社会心理学」など心理学についての本を多数出版されています。

この本を読んだきっかけ

単純にタイトルに惹かれました。といっても心理学を勉強してそれを悪用しようとかそんな気持ちはありません。(念のため)

例えば皆さんもこんな経験はありませんか?

親しい友達や家族、会社の上司など様々な方と会話やコミュニケーションをするときにそんなつもりはなくても失礼なことを言ってしまったり、傷付けてしまったりということが少なからずあると思います。

そこで悪意のある心理学を知っていればそれを逆説的にしないように心がけることでコミュニケーションを円滑にできるのではないかな?と思ったのがきっかけです。

うっかり口にしてしまう不適切な表現

言い方の問題

丁寧すぎる

お客さんや目上の人に向かってため口は失礼にあたるの当たり前ですが、丁寧すぎる表現も逆効果になってしまいます。

取り入ろうとしているのではないか?皮肉ではないか?と疑われてしまいかねないので気を付けたい所です。

例えばコンビニで「中日新聞」を買おうとしてレジに持って行ったときに「中日新聞さんですね」と確認されたり(筆者は中日新聞の関係者ではない)、病院で散々またされた挙句に受付で「○○様」と呼ばれるとよそよそしく感じてしまい皮肉では?と考えてしまうと書かれています。

コンビニの例はすごく不自然に感じますし、病院は確かによそよそしさを感じる部分はあります。

しかし、患者さんを尊重するという配慮から来るものですし、人によって呼び方を変えるワケにもいかないのでしょうがないかなと思います。

丁寧なつもりでも・・・

自分では丁寧なつもりや相手を立てて言っているつもりでも、かえって失礼になる場合があります。

例えば店員さんがお客さんに

「その点は私がお教えします。」

「詳しいことは後ほど説明してさしあげます

と言ってしまうと「上から目線」に聞こえてしまいます。

それぞれ言い換えると

「その点は私から申し上げます。」

「詳しいことは後ほど説明いたします。」となります。

「お教えします」と「さしあげる」はそれぞれ謙譲語で自分を下げて相手を立てるので問題ないように思うのですが「教える」と「さしあげる」には自分が相手にとって優位にいるニュアンスが含まれてしまいますので不自然、不快な印象を与えてしまいます。

聞き手に関与を求めすぎる

「私って恥ずかしがり屋じゃないですか

「この前、私、あのお店に行ったじゃない

「じゃない(ですか)」といった言い回しは、自分のことを当然相手が知っているというニュアンスが含まれているので押しつけがましい印象を与えてしまうのでよほど気心の知れた相手以外は使わないほうが無難です。

遺憾に感じますの使い方

自分の部下が何か不祥事を起こしたとして「今回の事件はまことに遺憾に感じます。」

と言ってしまうのは印象がよくありません。

なぜなら「遺憾です」というのは「残念です」「お気の毒です」のように自分と関係(関与権限)が小さい時に良くないことが起こった時に使う言葉です。

例えば日本の政治家が「最近世界でテロが絶えないのは大変遺憾です。」という遺憾の使い方は問題ありません。

これは日本の政治家と外国でのテロ事件との関与権限が小さいので問題が無いのです。

でも自分の部下が不祥事を起こしたときに「遺憾です」といってしまうと関与を弱めて責任逃れをしようとしている、もっと言えば自分には関係ないといっているような印象を受けるので気を付けましょう。

関与を強めた謝罪の言葉は「申し訳ありません」が一番しっくりくると思います。

内容の問題

相手の良くない状況に思いがいたらない

突然ですがあなたは奥さんにたいしてこんなことを言っていませんか?

  • 毎日家にいられていいな
  • たまには、休ませてくれよ
  • 主婦なんて、楽でいいね
  • 外食もったいなくない?

これはインターネット上にあった「夫に言われて腹が立つ言葉7選」の抜粋だそうですがいずれの場合も夫は妻のつらい状況が理解できずに、自分の都合だけで言ってしまい夫婦喧嘩が始まってしまうパターンだそうです。

僕の場合5番目の外食もったいなくない?というのだけ何気なく言ってしまっています。

幸いにも喧嘩になったことは無いのですが今後気を付けていこうと思います。

夫婦円満が一番ですね。

「夫に言われて腹が立つ言葉7選」は相手の状況配慮を欠いた分かりやすい例だと思うのですが直接の聞き手意外の配慮はもっとうっかりしやすいので注意が必要です。

例えば、AさんがBさんに「○○さんの息子さん東大に受かったんですって。うちの息子なんて東大なんて全然無理で~どこかの国立大に引っかかってくれたら御の字よ~」なんて会話よく聞こえてきそうじゃ無いですか?

でもBさんの息子さんは高校も途中で行ってないとしたら?

他にも「最近体調悪いんですよ。風邪は良く引くし、花粉症でおまけにぎっくり腰までやっちゃって」

聞き手は元気そうだけど聞き手の夫はずっと重病で手術の後入退院を繰り返しているとしたら?

どちらも話し手自身のことを自慢しているわけでは無いですが、聞き手の周りの人の状況配慮まで気が回っていない例です。

「あとで」「いつでも」は使わない

「それではいつご説明しましょうか?」

「お忙しいでしょうからあとでいつでもいいですよ」

こういうやりとりって結構あると思うのですが、言った本人は相手に気を遣っているつもりで言っていると思います。

でも「あとで」や「いつでも」と言われると言われた側は説明をしなければならないのに日程が立たないし、「いつでも」といっても1年後でいいはずがありません。

これと似た話でよく聞くのが「なんでもいいよ」です。

「なんでもいい」はなんでもよくない

「お昼ごはん何がいい?」

「なんでもいいよ」

「じゃあ中華にしよっか?」

「きのう酢豚たべたしなぁ」

「それじゃあイタリアンにしよっか?」

「この辺いい感じのイタリアンないしなぁ」

「じゃあ和食は?」

「和食って気分でもないんだよねぇ」

「結局何が食べたいねん!!」

まるでべたな漫才みたいなやりとりですが実際にこんな感じのやりとりって結構あると思います。

相手に選択権があるように言っておいて結局は自分の好みで無ければ気に入らない。

いかにも気を使っているように見せかけて実は相手が自分に気を遣うように仕向けている。

ずるいパターンですね。

なぜうっかり言ってしまうのか

透明性錯覚

透明性錯覚とは自分の内心を相手が実際以上に気づいているという錯覚のことです。

ジュースをいくつか用意してそのうちの一つだけに辛いジュースを混ぜておきます。

それを演技者が次々に飲んでいき、回答者がどれが辛いジュースか当てるゲームをします。

演技者自身は見破られてしまったと思い込んでも実際の正解率は半分くらいしかないという研究の報告があるそうです。

演技者が透明性錯覚に陥ってしまっている表れです。

マジックミラー錯覚

これは著者の岡本真一郎さんが作った言葉のようですが

マジックミラーを通すと明るい部屋から暗い部屋は見えない。

一緒に明るい部屋にいる人のことは心にとどめるけど、ミラーの向こうのことは気にかけない。

でも実際にミラーの向こうからのぞかれている。

自分が発したコミュニケーションも、このように自分の目の前や知っている範囲にしか届かないと錯覚して、自分の知らない範囲にも伝わる事への心配りがおろそかになってしまいます。

だから政治家や企業の責任者などが公の場でうっかり失言を行ってしまうのです。

マジックミラー錯覚は透明性錯覚と逆になります。

透明性錯覚は「自分が見えているから他者から見えるだろう」という錯覚に対し、マジックミラー錯覚は「自分に他者が見えていないから他者にも自分が見えていないだろう」と感じるからです。

ビジネスの現場ではよくホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)が大事と言われます。

透明性錯覚によって「自分が知っているから相手も知っているだろう」という思い込みが思わぬトラブルを招く元になります。

ホウ・レン・ソウによって、意見の食い違いを減らし、仕事の効率を上げていきたいと思います。

悪意の心理学のまとめ

本書のタイトルに反して今回は悪意は無いのにうっかり口にしてしまう例を中心に感想を書かせていただきました。

心理学というと難しいイメージがありましたが、本書は日常生活であるあるな失敗例が多く読みやすく、自分にあてはめて考えることができました。

本書は心理学なんてド素人の僕でも分かりやすく書いてあったので、心理学をこれから学んでいきたい人に入門編としておすすめです。

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